五月人形についての基礎知識|雛人形・五月人形・浮世人形なら真多呂人形~大正8年創業~

真多呂人形のコラム

五月人形についての基礎知識

色とりどりの鯉のぼりが目にも鮮やかな端午の節句。
端午の節句は元来宮中で病気や災難を避けるために行われていた行事でした。
その後、端午の節句は武家にも風習が伝わり、時代の変遷とともに形を変えて、
庶民の間にも広がっていきました。
そして、現在の形となりました。

五月人形のはじまり

端午の節句に、もともと五月人形は飾られていませんでした。
この風習が貴族から武家に広まり、武家では玄関先に幟や吹流しが飾られるようになりました。
さらに時は流れ、鎧兜を着せた武者人形を飾るようになっていきます。

この風習は庶民にも広まり、武士のように本物の鎧兜を持っていなかったため、
身近にある紙などで鎧兜や武者人形を作って飾るようになりました。
元禄時代になると室内用にミニチュアサイズの幟が流行し、
弁慶など雄々しい人物をモデルにした武者人形や鍾馗様(しょうきさま)が人気となり、
庶民の家でも飾られるようになりました。

これが現在の五月人形の元となっているようです。